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銀の怪盗は真夜中に覚醒する
銀の怪盗は真夜中に覚醒する
作者: 黒瀬 蓮

第1話 いつもの日常、忘れられた時計

作者: 黒瀬 蓮
last update 公開日: 2026-07-04 07:39:45

三年前――

「怪盗アルジェントが現れたぞ!」

騒がしいサイレンの音が夜の街に鳴り響く。

「いたぞ!追え!!」

ビルの影に人影が二つ。

『紫音、ちゃんとついてきているか?』

「当たり前じゃん!」

白いジャケットを翻し、少年は屋上を駆け抜ける。

「でもさぁ?悪い奴から盗まれた物を取り返してるだけなのに、なんで俺たちが追われるんだ?」

アルジェントは小さく笑う。

『世の中の道理は、正しい者の味方とは限らない』

「変な世の中」

『無駄話はさておき、帰るぞ?』

二人の怪盗は夜の闇へ消えていった。

◻︎◻︎◻︎

「なあ?なんで俺にはアルジェントみたいな二つ名がないの?」

『欲しいのか?』

「うん!だってカッケーじゃん?」

『そうか』

 アルジェントは微笑む。

『16になればお前にも二つ名がつくはずだ』

「まだ二年あんじゃん!」

『まあ、つくかどうかはお前次第だがな?』

「ふーん」

◻︎◻︎◻︎

「アルジェント、貴様はここで終わりだ!」

「その愛弟子の命が惜しければ、おとなしく降伏しろ」

アルジェントは静かに目を閉じる。

『……わかった』

「ダメだ!アルジェント!!」

『逃げのびろ……紫音、お前は……』

――そこで、景色は途切れた。

ハッとして目が覚める。頬には涙が伝い、なぜか胸がズキリと痛む。なにか大事なことが抜け落ちたような、そんな感覚。

夢を見ていたはずなのに、なに一つ思いだせない。

起き上がり、鏡を見ると目が赤くなっている。

「カッコ悪っ」

涙を拭って、制服に着替えた。

今日もいつもの朝と同じ。

階下から母さんの声がうるさく響く。

「紫音ー、のんびりしてるみたいだけど、時間大丈夫なのー?」

「分かってるって!」

返事をし、階段をかけ降りる。

黒川紫音《くろかわしおん》俺の名前だ。

顔を洗い、鏡を見ると少し伸びた髪の隙間から切れ長の目がのぞいている。

「あ、寝癖……」

ワックスを手に取り、跳ねた髪を手ぐしでサッと整えた。鏡の中の自分を見て、

「…まあ、こんなもんか…?」と小さく呟く。

「紫音、何やってるの?」

振り返ると、母さんがニヤニヤとこちらを見ている。

「…べっ別に、寝癖直してただけだし」

声が少しうわずる。

「もぉ…色気付いちゃって…」

手を口に当て、母さんは何だか嬉しそうにしている。

「は?違ぇし?」

「はいはい…」

母さんが小さく笑う。

「ほら、これ…」

弁当をぐいっと身体に押し付けられる。

「時間ないんでしょ?」

「あー、やっべ!」

慌ててカバンに弁当を突っ込み、食パンを口にくわえる。

ふと目の前の棚を見る。見覚えがあるようなないような黒い腕時計。

少し気になりつつ玄関で靴を履き、家のドアを開けた。

学校——

授業はいつも通り退屈だった。気づけば放課後になっていた。終業のチャイムが校内に響く。

「はぁぁ、やっと終わったー!」

(まあ、ほぼ寝てたけども……)

椅子に座ったまま、大きく伸びをする。

「紫音ー」

声の方へ振り返ると、見慣れた顔が満面の笑みでこちらを見ている。

「……大地、顔がうるせぇ!」

机に肘をついたまま軽口を叩く。

「顔がうるせぇとか、何だよ!こんなに爽やかな親友に向かって!」

「……自分で爽やかって言う奴の顔が見たいな」

「おう、どんどん見ろよー」

いつものたわいもないやり取り。

珍しく部活が休みらしく、久々に一緒に帰る。

爽やかと自分で名乗る親友バカは長瀬大地《ながせだいち》。幼馴染だ。

まあ自称するだけあって、清潔感があり、さらさらの茶髪、笑顔を絶やさないコイツはそう言っても間違いではないけれど。

二人で教室を出て、並んで歩く。

「なぁ紫音、ちょっと寄ってかないか?」

「……またバスケ勝負かよ?」

小さくため息をつく。

「おう!俺は今日こそお前に勝つ!」

「……じゃあ俺が勝ったら肉まん奢れよ?」

「望むところだ!!」

二人でいつもの公園に向かった。

公園――

夕方の空気が、少し冷たい。

「よし、じゃあ俺からな?」

大地がボールを軽くつきながら、こっちを見る。ドリブルして、勢いよくボールをゴールに向けて投げるが、ゴールポストに当たりボールは虚しく地面に落ちた――

「あ…っ」

大地が気まずそうにこっちを見る。

「よっ!さすがバスケ部キャプテン!」

パチパチと手を叩きながら、棒読みで揶揄《からか》う。

「い、今のなしで!」

大地が手をバツにしながら叫ぶ。

「往生際が悪いぞ?」

ボールを手に取り、指先でクルクルと回しながら、ゴールポストを見る。

「実力の違いを見せてやる!」

ボールを落とし、軽くドリブルしてそのまま投げる。

左手がすっと伸び、右手は添えていた名残のまま離れる。

ボールが静かに弧を描き、リングへ向かって吸い込まれていく。

「……は?」

ゴール下で、大地が固まる。

ネットが揺れ、ボールがゴールに入るのを見てから大地を見て、フッと笑う。

「肉まんゲットな!」

大地はちょっと悔しそうにしながら、俺の肩を抱き寄せてくる。

「やっぱすげぇよ、紫音!」

「やめろっ!お前はいちいち暑苦しいんだよっ」

話しながら二人で公園のベンチに腰かける。

その後、少し真剣な顔で大地が呟く。

「…また一緒にバスケやろうぜ」

「三年前みたいにさ」

「……三年前、な」

少し目を細めながらバスケットゴールを見る。

「まあ、また気が向いたら、な」

大地は嬉しそうに笑った。

◻︎◻︎◻︎

「あのさ、紫音……」

大地が隣でボールをいじりながら、何度か言いかけてはやめを繰り返して俯いている。

「なんかあったのか?」

「いや、あの、その……」

「なんだよ?歯切れ悪ぃな」

「……じ、実はさ、好きな奴が出来たんだ。お前にはちゃんと言っておこうと思ってさ……」

「……好きな奴、ね」

「ん?紫音、ヤキモチ妬いてんのか?」

大地がニヤニヤしてこっちを見る。

「は?妬くわけねぇし!」

「ちなみに誰?俺も知ってる奴か?」

「……お、同じクラスの白石柚希《しらいしゆずき》控えめで可愛い子なんだ」

真っ赤な顔で話してくる。

「白石か……全然わかんねぇな」

「……お前、クラスメイトぐらい覚えとけよ」

大地が呆れたように言ってくる。

「興味ねぇもんは覚えない主義だ!」

「そういえばお前、日本史壊滅だもんな」

「うるせぇ!」

それから俺たちは、しばらく時間が経つのも忘れて話し込んだ。

自宅——

大地と別れ、家に着いたのは、18時を少し過ぎた頃だった。玄関のドアを開ける。

「ただいまー」

「おかえりー」

キッチンの方から、明るい声が返ってくる。

着替えてダイニングに降りると、父さんがソファに腰掛けていた。

「父さん、今日早いじゃん」

「たまにはな」

新聞の隙間からチラッと俺を見て答える。

「紫音ー」

会話を遮るように母さんが声をかけてくる。

「もうご飯にするからおじいちゃん呼んできてー」

「はいよー」

廊下――

縁側へ向かう。

「……アレ?」

いつもの定位置に、じいちゃんがいない。

「じいちゃん?」

呼びかけるが、返事はない。

「部屋か…?」

そのまま奥へ向かおうとした、その時――

ガタンッ!!

足を止めて振り返る。

「……っ?」

さっきまで確かに誰もいなかった。

振り返ると、さっきまでいなかったはずの··に、じいちゃんがまるで最初からそこにいたかのように座っていた。

(なんだ……これ)

一瞬、眉をひそめる。

「紫音?」

じいちゃんがゆっくりこちらを見る。

「……じいちゃん、さっきまでそこにいなかったよな?」

疑問をそのまま口にする。

だけど、じいちゃんは何も答えず、ただ飄々と、「夕飯かのぅ?」と聞いてくる。

「あ、ああ……呼びにきたんだ」

「では、向かうとするかのぅ」

確かにじいちゃんはいなかった。それなのに、振り返ったらなぜか··にいたんだ……。

不思議な感覚を覚えながら、立ち上がるじいちゃんの背中を追う。

じいちゃんの後ろ姿を見ながら、ふと違和感を覚える。

……なんだ?

少しだけ、いつもより背中が大きく見えた気がした。まるで、別人みたいに。

◻︎◻︎◻︎

じいちゃんと一緒にリビングに戻ると、テーブルにはたくさんの料理が並んでいた。

美味そうな匂いと、温かい湯気が立ちのぼっている。

「いただきます」

4人で手を合わせる。

すぐに箸を手に取り、口へ運ぶ。

「めっちゃ腹減ってたんだよなー」

「よく噛んで食べるのよ?」

母さんが少し心配そうに言う。

「子供扱いすんなよ…たくっ」

軽く顔をしかめる。

「紫音、わしの分も食うか?」

じいちゃんが楽しそうに笑う。

「いらねーよ」

即答する。

「若いっていいな」

父さんが笑いながら呟く。

穏やかな空気が家族を包む。

父さんがリモコンを手に取り、テレビをつける。画面には、今日のニュースが流れていた。

TVからの声。

『怪盗アルジェントが、再び犯行声明を出しました』

『盗まれた品が、過去の盗難事件の被害品だったことが判明しました』

母さんがぱっと顔を上げる。

「またアルジェント様のニュースねー」

嬉しそうに画面を見つめる。

「ただの泥棒だろ…」

父さんが気のない返事をする。

「違うわよー!」

母さんは少し興奮した様子で身を乗り出す。

「アルジェント様は違うの!」

「かっこいいのよー!怪盗紳士ってやつー?」

力説しながら、目を輝かせている。

「由紀子、あまり夢中にならないでくれよ…」

父さんが寂しそうに呟く。

(アルジェント……どこかで聞いたような名前)

両親の会話を聞き流しながら、俺は夕飯を黙々と食べ、リビングを後にした。

風呂上がり――

タオルで髪を拭きながら廊下に出る。棚の上の時計に目が止まる。

「朝見た時計か…」

黒いシンプルな腕時計。裏には、小さく文字が刻まれている。手に取って見てみる。

「この時計、いいな……」

指先で触れた瞬間、少しだけ熱を帯びたような気がした。

(……?)

「それ、紫音の時計でしょ?」

背後から母さんの声。

「え?俺のだっけ?」

「……何言ってるの?」

呆れたように母さんはため息をつく。

「おじいちゃんに高校合格した時にもらった

大事な時計でしょ?」

「もう、どこにでも放置するんだから!」

「…そうだっけ?」

「思い出せねぇ……な」

首を傾げる。

「……ま、明日からつけて行くか」

時計を棚に戻す。

自室――

ベッドに腰を下ろし、ふと、さっきの時計のことを思い出そうと頭の中を探ってみる。

もらった時のこと。

高校合格祝い。そう言われても、本当に何も思い出せない。もらった日の景色も、じいちゃんの顔も、もらった日の気持ちさえも……。

胸の奥に小さなざわつきを覚えながらも、俺はそのままベッドに倒れ込んだ。気づくとそのまま眠っていた。

その違和感が何を意味するのか、その時の俺はまだ知らなかった。

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